旨いコーヒーを求めて45年
べートーベンは毎日自分の飲む珈琲を自分で焙煎し手回しのミルで挽いて布で濾して飲んでいたらしい。
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焙煎をやってる人間がこんな事言ってもいいのだろうか?
実際にやっているからこそ解ることが多いのです。
タイトルどおり誰でも珈琲焙煎はできますしある程度均一な仕上がりにできます。
いままでインスタントやスーパーで売っているレギュラーコーヒーを飲んでいた人がネットで購入した自家焙煎珈琲を飲むとビックリするほど違いが分かるはずです。
なぜか?といえば
焙煎してから短時間にドリップして飲めるからです。
どんな有名な老舗珈琲ショップで購入した高級といわれる銘柄の珈琲豆でも焙煎してからの日数経過によってどんどん劣化してまずくなります。
焙煎の具合によりますが、焙煎直後は若いというか安定してない味であまりおいしくないですが、3日後あたりから落ち着いて来ておいしく飲め、2週間もするとだんだん酸化し劣化してきて本来の旨さは失われて来ます。
しかもミルで粉に挽くと1週間以内には香りも旨味も失ってしまいます。
それくらい珈琲豆は焙煎後は劣化が進む生鮮食品とおんなじなんです。
ということは、どんなに焙煎技術が優れた店の珈琲豆もデーターどおりの均一な焙煎仕上がりにした豆でも早めに飲んで消費しないとまずくなってしまうのです。
いろいろとドリップの仕方やなんやかんやとうんちく言っても、焙煎してから1週間以内の豆でしたら好みの違いだけでどれも旨いのです。
そしてドリップの方法でも肝は粉の量を多めでお湯は少しさましてから、30〜40秒ほど蒸らしすればだれでも旨い珈琲が飲めます。
家にある台所道具で簡単にできる珈琲焙煎をやってみてほしい。
フライパンでもミルクパンでもほうろくでも豆を煎る手アミでもいいですから。
遠くから強火で高さをだんだん低くして一定に揺すりながら豆を煎る。
これだけ。
みんなで集まって焙煎自慢なんてのも有りですね。
実際にやっているからこそ解ることが多いのです。
タイトルどおり誰でも珈琲焙煎はできますしある程度均一な仕上がりにできます。
いままでインスタントやスーパーで売っているレギュラーコーヒーを飲んでいた人がネットで購入した自家焙煎珈琲を飲むとビックリするほど違いが分かるはずです。
なぜか?といえば
焙煎してから短時間にドリップして飲めるからです。
どんな有名な老舗珈琲ショップで購入した高級といわれる銘柄の珈琲豆でも焙煎してからの日数経過によってどんどん劣化してまずくなります。
焙煎の具合によりますが、焙煎直後は若いというか安定してない味であまりおいしくないですが、3日後あたりから落ち着いて来ておいしく飲め、2週間もするとだんだん酸化し劣化してきて本来の旨さは失われて来ます。
しかもミルで粉に挽くと1週間以内には香りも旨味も失ってしまいます。
それくらい珈琲豆は焙煎後は劣化が進む生鮮食品とおんなじなんです。
ということは、どんなに焙煎技術が優れた店の珈琲豆もデーターどおりの均一な焙煎仕上がりにした豆でも早めに飲んで消費しないとまずくなってしまうのです。
いろいろとドリップの仕方やなんやかんやとうんちく言っても、焙煎してから1週間以内の豆でしたら好みの違いだけでどれも旨いのです。
そしてドリップの方法でも肝は粉の量を多めでお湯は少しさましてから、30〜40秒ほど蒸らしすればだれでも旨い珈琲が飲めます。
家にある台所道具で簡単にできる珈琲焙煎をやってみてほしい。
フライパンでもミルクパンでもほうろくでも豆を煎る手アミでもいいですから。
遠くから強火で高さをだんだん低くして一定に揺すりながら豆を煎る。
これだけ。
みんなで集まって焙煎自慢なんてのも有りですね。
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イギリス人の友人に僕の焙煎した珈琲を飲んで貰った時に、ロンドンからちょいと離れた田舎町の故郷では自宅で珈琲豆を煎るなんてみんなやってるよ(ポールさんありがとう)なんて言ってたのでビックリでした。
日本じゃあ自家製梅酒や梅干しやら味噌作り、そばやうどんの自家製などと共通する日常的なことのようである。
それでは今、日本ではやってる自家焙煎なんてなんなんだろう?と疑問符がついちゃうのよ。
ならば日本でも珈琲豆を自宅で煎るのはふつうでしょ。
でもいきなり自分でやれと言われてもそうすぐに出来るはずもないので、自分でも珈琲を焙煎したいと思ってる人に教えてあげるのも良いかなあと考えているのです。
焙煎機の自作から生豆の購入から豆の見極め方や焙煎に必要な道具や準備、そして肝心の焙煎の仕方全般にわたるノウハウ実践問題などを教え広めたいなあと準備はじめました。
自分で珈琲焙煎するのはおいしさだけじゃあなく経済的にもうれしい結果だせるし趣味としても高尚で奥が深く出来たときの満足感も半端じゃあないと確信しているのだから。
日本じゃあ自家製梅酒や梅干しやら味噌作り、そばやうどんの自家製などと共通する日常的なことのようである。
それでは今、日本ではやってる自家焙煎なんてなんなんだろう?と疑問符がついちゃうのよ。
ならば日本でも珈琲豆を自宅で煎るのはふつうでしょ。
でもいきなり自分でやれと言われてもそうすぐに出来るはずもないので、自分でも珈琲を焙煎したいと思ってる人に教えてあげるのも良いかなあと考えているのです。
焙煎機の自作から生豆の購入から豆の見極め方や焙煎に必要な道具や準備、そして肝心の焙煎の仕方全般にわたるノウハウ実践問題などを教え広めたいなあと準備はじめました。
自分で珈琲焙煎するのはおいしさだけじゃあなく経済的にもうれしい結果だせるし趣味としても高尚で奥が深く出来たときの満足感も半端じゃあないと確信しているのだから。
3種焙煎ブレンドが思っていた以上の結果を見せてくれたのでほっとしてホットを飲んでいる。
まっ、こんなだじゃれではさぶうと言われてしまうが。
ある事がきっかけでこのブレンドを考えたのだが、まだ誰もやっていないだろう。
いやっ、たぶんやらないしやれないだろうと思う。
それはなぜかと言えば、ほとんどの焙煎豆やはそのような状態にならないように焙煎しているからだろう。珈琲豆の個性をしっかり把握できていないから、そしてお客さんのニーズに合わせて焙煎しているからでもある。僕は珈琲焙煎を商売として生業としている訳ではないので、自分の求めるおいしい珈琲をめざしていろいろ失敗の連続だったから、失敗は成功の素という言葉があるとおりある失敗からうまれたといってもいいだろう。
詳しくはまだ言えないが、もうそこらのブレンドは飲めなくなったと言っても良いくらい旨い。
と僕ともう一人珈琲にうるさい方は感じている。
鎌倉や藤沢には珈琲焙煎のお店がずいぶんと増えたようで地名だけ聞くとなんだかおいしいように感じるのはぼくだけじゃあないだろう。
そんな所に所在の超グルメ人が僕の監査役みたいなのが僕を向上させてくれているのに感謝です。
まっ、こんなだじゃれではさぶうと言われてしまうが。
ある事がきっかけでこのブレンドを考えたのだが、まだ誰もやっていないだろう。
いやっ、たぶんやらないしやれないだろうと思う。
それはなぜかと言えば、ほとんどの焙煎豆やはそのような状態にならないように焙煎しているからだろう。珈琲豆の個性をしっかり把握できていないから、そしてお客さんのニーズに合わせて焙煎しているからでもある。僕は珈琲焙煎を商売として生業としている訳ではないので、自分の求めるおいしい珈琲をめざしていろいろ失敗の連続だったから、失敗は成功の素という言葉があるとおりある失敗からうまれたといってもいいだろう。
詳しくはまだ言えないが、もうそこらのブレンドは飲めなくなったと言っても良いくらい旨い。
と僕ともう一人珈琲にうるさい方は感じている。
鎌倉や藤沢には珈琲焙煎のお店がずいぶんと増えたようで地名だけ聞くとなんだかおいしいように感じるのはぼくだけじゃあないだろう。
そんな所に所在の超グルメ人が僕の監査役みたいなのが僕を向上させてくれているのに感謝です。
こんな質問を受けてはたと困った。というのは自分もしょっちゅうだから。
ではなぜ?
物理的には 珈琲粉の分量が違う 注ぐお湯の量が違う 淹れ方が毎回違う 等、理由はあるのだろうがそれだけではないだろう。
味覚の変化 体調が違う 朝と夜との感じ方が違う 食後なら食事内容の違い で珈琲の味は違って感じるものです。
自分の身体は日々変化しつつ感覚も変化していることを思うと、毎回味が違うなんて面白いことだし楽しいなあと思ってしまうのは僕だけだろうか?
もっとおおらかに珈琲を味わうのがいいのかなあ。
知識や情報で頭ん中いっぱいの人って近頃多いように思う。
自分自身が感じるストレートな感覚を信じていくと変化する珈琲の味なんて
たのしいよね。
お湯の温度や蒸らし時間、抽出時間や粉の挽き具合などこだわればこだわるほど
毎日の珈琲を楽しめなくなってしまっているように思う。
薄かったり濃かったり苦くなりすぎたり熱いやぬるいなどなど、
飽きなくて丁度具合がよろしいのかな。
ではなぜ?
物理的には 珈琲粉の分量が違う 注ぐお湯の量が違う 淹れ方が毎回違う 等、理由はあるのだろうがそれだけではないだろう。
味覚の変化 体調が違う 朝と夜との感じ方が違う 食後なら食事内容の違い で珈琲の味は違って感じるものです。
自分の身体は日々変化しつつ感覚も変化していることを思うと、毎回味が違うなんて面白いことだし楽しいなあと思ってしまうのは僕だけだろうか?
もっとおおらかに珈琲を味わうのがいいのかなあ。
知識や情報で頭ん中いっぱいの人って近頃多いように思う。
自分自身が感じるストレートな感覚を信じていくと変化する珈琲の味なんて
たのしいよね。
お湯の温度や蒸らし時間、抽出時間や粉の挽き具合などこだわればこだわるほど
毎日の珈琲を楽しめなくなってしまっているように思う。
薄かったり濃かったり苦くなりすぎたり熱いやぬるいなどなど、
飽きなくて丁度具合がよろしいのかな。
以前書いたかもしれないがイタリア製コーヒーメーカー機にはエスプレッソとフォーマーとドリップができるのだけれど、ずうっとどちらかだけをスイッチオンして使っていたわけ。
同時にエスプレッソとドリップを注文されたとき、両方セットして同時にスイッチオンしたら同時に出来上がってほっとしたんだけど両方とも少しづつ余ってしまい一つのカップに入れて自分の分として飲んでみたらなんとめっちゃ美味しいではないか!
これは自分でドリップするより格段にうまい。いままでの自分のうんちくなんぞどこかへ飛んで行ってしまったと思えるうまさだった。
どこかカフェにでも行ったら両方注文して混ぜて飲んだらやはりたぶん旨いとおもうよ。
ミルクと砂糖は邪道とおっしゃる方もいますが両方たっぷり入れて飲むのも悪くないし良く合うとおもうな。
同時にエスプレッソとドリップを注文されたとき、両方セットして同時にスイッチオンしたら同時に出来上がってほっとしたんだけど両方とも少しづつ余ってしまい一つのカップに入れて自分の分として飲んでみたらなんとめっちゃ美味しいではないか!
これは自分でドリップするより格段にうまい。いままでの自分のうんちくなんぞどこかへ飛んで行ってしまったと思えるうまさだった。
どこかカフェにでも行ったら両方注文して混ぜて飲んだらやはりたぶん旨いとおもうよ。
ミルクと砂糖は邪道とおっしゃる方もいますが両方たっぷり入れて飲むのも悪くないし良く合うとおもうな。